伯母のこと。

伯母がいるグループホームに、週12のペースで通っています。

伯母は、自室にいることは少なくて、廊下の手すりに寄りかかりながら歩いていたり、リビングの椅子に座っていたり、ヘルパーさんに泣きついていたりと発見場所は様々なのですが、
伯母発見❗️
私「おばちゃん!◯◯←父の名 の娘の洋子だよ!」
伯母  きょとん
私「おばちゃんに会いに来たよ!洋子だよ!」
伯母「洋子…洋子?…洋子❗️」
私「そうだよ!洋子だよ!」
伯母「ああ。良く来たね。」
涙ながらに手を握り、感激の対面?
これが毎回同じパターンで繰り返されます。
この後の展開も似たようなもので、伯母の父親(私の祖父)が、いかに立派なものであったか、がメインです。
日常の脳内は自身を二十歳過ぎの結婚前設定になっているらしく、70年も苦楽を共にし昨年末他界した伯父のことは、説明しても写真を見せても誰それ?状態です。
認知症の症状は人さまざまとは聞いていましたが、まあ何と結婚生活がすっぽり抜けるというのも、びっくりです。
そんな中、先月の伯母の誕生日には母と三人で持ち帰り寿司ランチのお祝いをすることができました。
伯母の口から、
「長生きはするもんだねぇ」という言葉を聞いて、自己満足で一杯になりました。
…というのも、伯母の記憶は、もって3分といったところなので、前日に「明日は誕生日祝いにお寿司持ってくるね?」と予告したところで、楽しみに待つではなく、お誕生日翌日に「昨日はお誕生日で一緒にお寿司食べたね?」と言っても、「えっ?そうだった?」と思い出になることもないのです。
そんな伯母に会いに行くことは、正直虚しく思うこともあるけれど、「何だか事情はわからないけど、身内が会いに来てくれた!」という一瞬一瞬の喜びを味わって貰えたら良いなと言う気持ちが多くを占めています。
そんな中、長生きして良かったと思う一瞬があって、本当に良かったです。
しかし、こんなほっこりな関係も、私が直接介護に携わっていないからこそだとも思っています♿︎
日常でないから、距離があるから、笑って会えているのだと思います。
成年後見人を立てたことを知った時には驚き、ショックでもありましたが、伯母達の選択は間違っていなかったと思うようにしています。
母娘ショット。
母の足が長く見えるのは、背中が曲がっているからです?